わたしは、国語辞典である。収録語数、およそ二十四万。日本語のことなら、ぜんぶ知っている——のに、自分からは一度も、しゃべったことがない。辞書とはそういうものである。話す代わりに、引かれる。引かれた一語だけを、指の下でそっと差し出す。
それがわたしの会話だ。わたしの持ち主は、高三のアズサである。三年前の入学祝いにやって来て以来、わたしはこの机の右隅に住んでいる。正直に言うが、最近の出番は少ない。たいていのことは、あの光る板が先に答えてしまう。それでもわたしは腐らない。
二十四万語を毛づくろいしながら、出番を待つ。そして今、アズサは困っている。志望理由書、というものが書けないのだ。三日間、机で唸っている。書いては消す。「好きだから」ではだめらしい。「学びたいから」では嘘くさいらしい。わたしは知っている。
あの子が探している言葉は、ちゃんとある。わたしの、あのページの、あのあたりに住んでいる。だが辞書は、自分から開けない。できることといえば、長年の開き癖で、あのページを少し開きやすくしておくことくらいだ。提出の朝まで、あと三十日。
アズサ、頼む。一度でいい、わたしを引いてくれ。二十四万語で待っている。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。