山に囲まれたこの盆地の町は、一年の半分、深い霧に沈む。三歩先が見えない霧の季節、人々の行き来を案内するのが「霧の水先」だ。目は使わない。足裏の石の並び、水音の向き、パン焼き場の匂い、鶏の声の返り方——霧の水先は、町を目以外の全部で覚えている。
霧の季節の町は、水先なしでは隣の通りにも行けない。カヤは今年、水先の見習いから独り立ちする。初仕事は大きい。霧が明ける日に始まる「霧明けの商い初め」へ、山向こうから来る商人の隊列を、霧の底の道で町まで導くのだ。行程は霧の中を三十日。
隊列は五十人、荷馬が二十頭、全員が霧の素人だ。カヤは霧の中で口上を切る。「私から三歩以上離れないこと。声は前へ回すこと。匂いが変わったら教えること」。道中には霧の名所が待つ。音を返さない「黙り谷」、匂いの消える「洗い風の辻」、方角の狂う「回り原」。
カヤの覚えた町と山の全部が試される。霧明けの朝、隊列の先頭が朝日の中に抜けたら、カヤは一人前の水先だ。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。