新人のコウキ(二十二)は、入社四ヶ月で総務のキミコさん(五十九)の後任を命じられた。キミコさんは三十日後の最後の出勤日で、勤続四十年の会社を去る。申し送りを始めて、コウキは真っ青になった。キミコさんの仕事は、書類の上では「庶務一般」の四文字である。
実際は違った。観葉植物の水やり週二回(月曜は多め、と鉢ごとに違う)。機嫌の悪い日の部長への書類の出し方(昼一番は避ける)。取引先の会長が金魚好きなこと(雑談でつかんだ。以来、会長はうちびいきだ)。コピー機の右側を二度叩く直し方。
そして、辞めそうな顔をしている社員の机に「たまたま余った」まんじゅうを置いて回る仕事。マニュアルは無い。「書けるものなら書いてるわよ」とキミコさんは笑う。「会社ってのはね、書けない仕事で回ってるのよ」。コウキは方針を変えた。
教わるのをやめ、三十日間、影のように付いて回って、全部を目で写し取ることにした。最終日にキミコさんが置いていくものの正体を、彼はもう半分わかっている——この人は四十年、この会社の「機嫌」を整備してきたのだ。それを言葉にして本人に伝えるのは、花束贈呈の場ではなく、最後の申し送りの席がいい。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。