浪人生のノゾムは、深夜のコインランドリーで参考書を開く。家は狭く、模試の判定は重く、乾燥機の回る音だけが唯一集中できる音だった。その店に毎週金曜の夜十一時、柔道着を洗いに来る小学生がいる。ひとりで来て、ひとりで畳んで、帰っていく。
柔道着は毎週、砂と汗でぼろぼろだ。ノゾムは受験生である。他人に構う余裕はない。ないのだが——毎週見ていれば、気づいてしまう。あの畳み方は違う(ノゾムは高校まで柔道部だった。強くはなかったが、基本は体が覚えている)。それに、あの砂は道場の砂ではない。
河原の砂だ。つまりあの子は道場に行かず、ひとりで河原で稽古している。誰にも習わずに。三週目の金曜、ノゾムは人生で初めて、自分から知らない相手に話しかけた。「その内股、軸足が逆」。少年ジンは警戒した目のまま言った。「……教えられる人なの」。
かくして、深夜のコインランドリー柔道教室(畳なし・投げ技禁止・乾燥機の四十分ワンコマ)が開講した。ジンの家では月謝が止まり、道場に行けなくなったこと。それでも柔道だけはやめたくないこと。ノゾムは少しずつ知っていく。そして三十日後の朝、二人は同じ時間に店を出ると決めている。
ノゾムは模試の会場へ。ジンは、事情を話せば待つと言ってくれていた道場へ、頭を下げに。どちらも、逃げていた場所へ戻る朝だ。
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