シュウゾウ爺(七十五)は、親友の葬式から帰ってきて、喪服のまま宣言した。「わしは生前葬をやる」。家族は仰天した。医者に何か言われたのかと詰め寄る息子に、爺は「健康そのものだ」と胸を張った。きっかけは弔辞だ。親友の棺の前で、それは見事な弔辞が読まれた。
あいつがどれだけ皆に好かれていたか。あいつの畑の胡瓜がどれだけ旨かったか。爺は聞きながら思ったのだ——本人が聞けんとは、なんという無駄か。褒め言葉というものは、いつも一日遅れて届く。ならば、わしは前倒しでもらう。日取りは三十日後、場所は公民館。
祭壇なし、湿っぽいの禁止、香典は「生前香典」として受け取って、その場で全額飲み食いに使う。弔辞ならぬ「生辞」は五人に頼む——女房、息子、幼なじみ、町内会長、それから、四十五年前に大喧嘩したきりのあの男。息子は「非常識だ」と反対し、町内は「面白い」と沸き、あの男からは、返事がまだ来ない。
当の爺は今夜も、招待状の文面で唸っている。「私はまだ死にませんが、お別れの練習をいたします。つきましては、お手数ですが、褒めに来てください」。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。