営業マンのコウヘイ(四十)に、単身赴任の辞令が出た。出発まで三十日。小四の息子フミヤに伝えた夜、フミヤは泣かなかった。代わりに、机の引き出しから紙を一枚出してきた。「父ちゃんが今度な、って言ったやつ」。鉛筆の字で、日付つきで、ぜんぶ書いてあった。
沢がに捕り(二年前の五月)。山のてっぺんでカップ麺。隣町のでかい公園への遠出。キャッチボールの続き。母ちゃんの誕生日の内緒のケーキ。——十七件。コウヘイは血の気が引いた。九割どころではない。一件も、果たしていなかった。翌朝、コウヘイはその紙を玄関の内側に画鋲で留めた。
三十日で十七件、全部やる。土日は遠征、平日は定時で逃げるための根回しも仕事のうち、あとは天気との勝負だ。フミヤは「別に無理しなくていいけど」と言いながら、一件終わるたびに線を引く役だけは、絶対に譲らない。そして父は気づいていく。
十七件の紙は、そのまま息子の四年間そのものだということに。二年前のフミヤが行きたかった公園と、いまのフミヤが行きたい公園は、もう違うのだ。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。