おれは、一円玉である。平成十九年生まれ。ここ三年は、とある小銭入れの底で寝ていた。一円玉の世界には、古い言い伝えがある。「三十日で十人の手を渡れたら、伝説」。おれたちは自分では一歩も動けない。渡されるだけだ。しかも近ごろの人間は、ぴっ、で払う。
一円の出番は減るばかり。十人など、ほら話だと思っていた。ところが今朝、事件が起きた。持ち主がレジで「一円あります」と言って、おれを放ったのだ。三年ぶりの娑婆である。おれは決めた。この機会、逃さん。三十日で十人、伝説に挑む。
一人目、レジの姉さん。小銭皿で次の客を待つ。二人目、五歳くらいのちびの手。握られて、あたたかい。三人目、ちびの母。「お口に入れないの」と回収された。それから、切符の機械に断られ(一円は使えんのだ、あれは)、道に落ち、三日雨に打たれ、通りすがりの靴に蹴られて植え込みの下へ。
もうだめかと思ったら、ボール探しのちびが見つけてくれた。五人目。折り返しである。おれは磨かれてもいない、増えもしない、ただの一円だ。だが手から手へ渡るたび、その人の一日が少しだけ見える。伝説まで、あと五人。三十日目に、おれはどの手の上にいるだろう。
人気なら、これから稼ぐところである。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。