アヤメ(二十五)は、事務の仕事のかたわら、布小物を作る。ポーチ、ブックカバー、通勤鞄の内袋。友達にあげると喜ばれるが、あくまで趣味だ。その趣味が、先月、一線を越えた。日曜のクラフトマルシェの募集を見つけて、勢いで申し込んでしまったのだ。
出店料三千円、机ひとつ。浮かれて品物を並べる妄想をした夜の次に、恐ろしい問題が来た。値段だ。材料費なら計算できる。だが自分の手間に、いくらと言えばいいのか。安くつければ、徹夜の縫い目に自分で「タダ同然」と言うことになる。高くつけて誰も買わなかったら、それはもっと怖い。
先輩出店者の相場を調べ、原価を出し、それでも最後は、自分の腕をいくらと見るかの話になる。マルシェは三十日後。品物はあと十二個は縫いたい。そして全部に、自分の手で値札をつける。アヤメは気づいている。怖いのは売れ残りではない。
値札を書くペンを持つ瞬間、自分が初めて、自分の作る物を「作品です」と名乗ることになるのだ。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。