わたしは、イワシである。正確には、五万匹のイワシである。五万匹でひとつの「わたし」——群れとは、そういう生き物だ。右へ曲がるときは五万匹で曲がる。大きな魚が来れば、五万匹でひとつの渦になってかわす。誰かが決めているのではない。
全員が決めている。それが「わたし」だ。ところが先日、へんなことが起きた。わたしの端っこの一匹が、沈んだ船のきらきらに見とれて、半拍、遅れたのだ。遅れた瞬間、その一匹の中に、小さな声が生まれてしまった。「ぼく」という声だ。以来、わたしは五万匹と一匹である。
「ぼく」はよく寄り道をしたがる。光の柱にさわってみたい。よその群れに挨拶してみたい。わたしは五万匹ぶん困って、でも、まんざらでもない。「ぼく」が見とれるものは、たしかに、きれいなのだ。五万匹で見ても、きれいなのだ。いま、わたしは年に一度の大回遊の途中にいる。
三十日先の、生まれた海へ。道は敵だらけで、結束が命綱だ。「ぼく」を黙らせれば、渦は完璧になる。でもわたしは、決めかねている。「ぼく」の寄り道ごと泳ぎ切れたら、わたしは五万匹より、すこし大きいものになれる気がするのだ。生まれた海に着く日、「わたし」と「ぼく」がどうなっているか。
それは、着いてみないと分からない。
わたしに来たのか、ぼくに来たのか。それが問題である。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。