観測衛星しずく二号は、設計寿命五年のところを十四年飛んだ。管制官のレイは、その十四年の機嫌を全部知っている。夏至の前後に弱る左のバッテリー。月曜に多い通信の不機嫌。台風の海を撮るときだけ、なぜか調子がいいこと。しずく二号は道具だ。
レイは技術者だから、それを疑ったことはない。ただ、十四年、毎朝いちばんに交信してきた相手ではある。燃料が尽きかけ、三十日後、最後のコマンドを送って大気圏に落とすことが決まった。デブリを残さないための、正しい看取りだ。手順書は完璧に整っている。
送信電文の様式も決まっている。そして様式のどこにも、「ありがとう」を書く欄はない。当然だ。機械に礼を言う回線は、仕様書に存在しない。レイは手順書を三回読んだ。三回とも、最後のページで手が止まった。管制長のホシノは「私情は載せるなよ」と言ってから、少しだけ黙って、「……載せるなら、バレない形にしろ」と言った。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。