養蚕農家の娘マユは、蚕を「おかいこさま」と呼んで育つ家に生まれた。桑を刻み、眠りを見守り、掌に載せて温度を確かめる。祖母コクアの教えは簡単だ——「精いっぱい可愛がって、精いっぱい煮なさい。それが絹だよ」。繭を煮れば中の命は終わる。
この家の百年は、その繰り返しでできている。マユは十二の年から、毎年こっそり規則を破ってきた。いちばん立派な繭をひとつ隠して、羽化させて、窓辺から夜空に放そうとするのだ。飛んだことは、一度もない。蚕は人に飼われた千年のあいだに、飛ぶ力を失った虫だから。
羽ばたいて、掌の上で、それきりだ。知っている。今年も知っている。それでもマユは今年の一匹を、もう隠してある。糸問屋のケンシは今年の相場を告げに来て、納屋の隠し籠には気づかない。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。