高一のマヒロの通学路には、心臓破りと呼ばれる長い坂がある。毎朝その坂の中腹で、マヒロは必ず追い抜かれる。同じ制服の、隣のクラスのチヒロさんだ。立ちこぎもせず、涼しい顔で、すいっと抜いていく。速い。とにかく速い。マヒロは知っている。
追い抜かれる側から言えることは何もない。「並んで走れたら、たぶん話せる。信号で追いつくのでは駄目だ。坂で、実力で、隣に並ぶのだ」。かくして誰にも言えない朝練が始まった。タイヤの空気圧、ギアの使い方、ペダルを踏む位置。昼休みに自転車雑誌を読み、夜は近所の坂を三本。
成果は少しずつ出て、追い抜かれる地点が、毎週数メートルずつ坂の上へ延びていく。ところが先週、決定的な情報が入った。チヒロさんは来月から、朝練のある部活に入る。つまり登校時間が変わる。あの坂で会える朝は、あと三十日しかない。
マヒロのペダルに、いよいよ本気が乗る。並んだら何を言うかは、決めていない。決めていないが、坂の上までの三十秒があれば、たぶん何かは言えるのだ。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。