カナメは、世界最強である。生まれつき、体がおかしいほど動く。放っておいても筋肉がつき、走れば風が遅れて聞こえ、落ちる皿は全部拾える。世界が、ゆっくり見えるのだ。おかしいのはもうひとつある。夜、ときどき見るのだ。体のいうことがきかず、かけっこでビリになり、鉄棒にぶら下がったまま降りられない、知らない誰かの一日を。
目が覚めると、カナメの体は今日も羽根のように軽い。だがあの誰かの悔しさだけが、胸に残っている。世界最強には、毎日、腕試しが来る。国一番の力自慢、山向こうの早駆け、流派という流派の看板。カナメは全員、無傷で帰す。避けて、いなして、疲れたところで水を出す。
強さの使い方は、頭で設計する主義である。誰も傷つけない勝ち方が、いちばん設計しがいがある。さて、村の子どもらの「駆けくらべの日」が三十日後にある。ビリ常連のちびが、こっそり頼みに来た。「カナメさん。おれ、一番はいらないから、ビリじゃなくなりたい」。
世界最強は、その晩ひさしぶりにあの誰かの一日を見て、朝、ちびの家の戸を叩いた。三十日、いっしょに走る。速い走り方は教えられるか分からない。だが、ビリの悔しさなら、なぜかカナメは、誰よりもよく知っているのだ。
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