バトは十五歳、モンゴルの草原から相撲部屋に入門した。体は兄弟子たちより強い。だが言葉が、まるでない。稽古の指示が分からず胸を借りては叱られ、ちゃんこの席で笑われ、悔しさの出し方さえ分からない。見かねた親方が連れてきたのは、部屋の隣に住む元国語教師のフジエ先生(七十九)だった。
授業は型破りだ。教科書は最初の日に取り上げられた。八百屋への買い出しが「数」の授業、ちゃんこの仕込みが「ものの名前」の授業、兄弟子ワカクスとの喧嘩の仲裁が「謝り方と怒り方」の授業になる。バトには目標がある。三十日後の新弟子検査に通り、初めての四股名をもらうこと。
そしてもう一つ、誰にも言っていない目標がある。四股名をもらったその日に、モンゴルの母に、日本語でビデオ通話をかけるのだ。母は日本語が分からない。それでも、息子が覚えた言葉の音を、草原に聞かせたい。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。