ロク(高三)は泣き虫だ。映画で泣き、犬の動画で泣き、収集日に出される古いソファにすら泣ける。対して父のケンイチは、ロクが生まれてから一度も泣いていない。母いわく「あの人、あんたが生まれた日に決めたのよ。おれは泣かない、涙はぜんぶ息子に回すって」——それが本気の誓いだったのか、照れ隠しの冗談だったのか、母もよく覚えていない。
涙の保存則。あるのかないのか分からない、うちだけの法則。ロクは半信半疑だ。だが三十日後、父が四十年勤めた造船所の、最後の船の進水式があると聞いて、試してみたくなった。もし説が本当なら、自分が三十日こらえれば、そのぶんの涙は父に回る。
嘘なら、何も起きない。それでもいい。泣き虫が人生で初めて涙をこらえてみて分かったのは、父がくれたかもしれない「泣ける」という才能の、とほうもない重さだった。進水式の日、船が水に触れる瞬間、父の目に何かが光ったら——それは保存則か、ただの感動か。
たぶん一生、誰にも分からない。分からないままで、いい。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。