コトハ(二十四)は、町のありがとう銀行の窓口係だ。仕事は、貯まった「ありがとう」の受け付けと、贈り先への送金の手伝い。窓口には毎日、いろんな人が来る。受験する息子に全額を贈る母。毎週かならず同じ宛先に少しずつ贈っていく、無口な男。
宛先を書かずに「いちばん残高の少ない人へ」とだけ言う、名前も名乗らない婦人。この仕事にはひとつ、固い掟がある。行員は在職中、自分の残高を照会できない。人の「ありがとう」を扱う者が、自分の残高を気にしてはいけないからだ。コトハは二年間、規則どおり丁寧に働いてきた。
そして最近、ふと怖くなった。窓口の客は、みんな事務的だ。「ありがとう」と言われた記憶が、思い出せない。自分の残高は、もしかして、ゼロなのではないか。さて、コトハに隣町の支店への転勤が決まった。転勤の日、行員は一度だけ、自分の残高を見てよいことになっている。
転勤日は三十日後。コトハは残りの三十日を、いつもどおり働くと決めた。残高のために働き方を変えたら、この仕事に負ける気がするからだ。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。