保育士のマホの朝は、七時十分に家を出る。夫のツヨシは製紙工場の夜番明けで、六時四十分に帰ってくる。つまり夫婦の一日は、台所の三十分だけ重なる。三十分の中身は決まっている。夜番明けのツヨシが味噌汁を作り、マホが飲む。町内会の連絡、水道の水漏れ、どうでもいい話をひとつ。
そして最後に「いってらっしゃい」と「おやすみ」を同時に言い合う——片方の一日が終わり、片方の一日が始まる。「うちの時差は十二時間なの」と、マホは職場で説明している。結婚してから、ずっとこの暮らしだ。そこへ、工場から知らせが来た。
夜番の一部を昼番へ切り替える希望者の募集。応募すれば、ツヨシは「普通の時間」の人になる。夫婦で夕飯が食べられて、休みの朝に一緒に寝坊できる。ただし手当てが消えて、家計は確実に細くなる。そして——二人とも、口には出さずに気づいている。
この三十分は、たぶん世間の夫婦の三時間より濃い。濃いからこそ、続けてきたのか。続けるしかなかったから、濃くなったのか。応募の期日は三十日後。二人は毎朝三十分ずつ、自分たちの暮らしの時間の形を、初めて正面から相談している。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。