この国の人生は、塔を登ることだ。一層上がるには、その層に住み、働いて一年、そのうえで昇層の試験に通らねばならない。試験は、普通は通らない。だから人は何代もかけて、家系で少しずつ上がっていく。じいさんが四層、父が五層、子が六層——それがまっとうな一生だ。
その塔を、一代で三十層駆け上がった人がいる。麓の生まれ、家系の持ち層なし、名はトワ。前人未到、次の長老と誰もが思った。そのトワが今朝、降り始めた。国じゅうが騒然となった。どうして。——理由は頂上にある。門で受けた最後の試験は、問いがひとつきりだった。
「あなたをここまで登らせたものの名を、言え」。トワは「おのれの才」と言いかけて、言えなかった。門番は静かに言った。「保留。答えを見つけたら戻られよ。門は開けておく」。下りは一日に一層、地上まで三十日。どの層にも、一年暮らした町と、世話になった人がいる。
二十九層で夜食を届け続けてくれた賄い屋。十七層で試験に落ちた夜、黙って隣に座った男。四層で、はじめての冬に外套を貸してくれた一家。下りながら、トワは名前をひとつずつ思い出していく。すれ違う登り手に「なぜ下りるのですか」と問われるたび、答えが変わっていく。
最初は「忘れ物です」。十層を過ぎた頃には、こうだ。「名前を、思い出しに」。
主人公に直接は届きません。管理人が読み、手紙にまとめて届けることがあります。